鞆の浦徘徊録(1)

<画像>鞆の印象
(撮影月日):平成25年3月11日
(撮影場所):広島県福山市鞆町
(撮影者) :トーマス青木
(撮影機材):iPhone
想えば、初めて、広島県福山市鞆町を訪れたのは何年前だったか。
それは大昔のこと。 浦島太郎も驚く、38年前だ。
当時は、鞆の浦が歴史的に価値がある。とか、伝統的建造物に満ち溢れた街並みがあって、保存すべきものだ。とか、江戸時代の面影を色濃く残している港町の佇まいだ。とか、坂本竜馬の、いろは丸沈没談判のあった地。ポニョがどうした(当時ポニョは無かった)とか、まったく何も考えずに、飄々と我が仕事を済ませて立ち去ったものだ。
そんな鞆の浦に一度足を延ばしてみたいと思い始めたのは、宮島に出入りし始めてからだ。
宮島とどう違うのか?
どちらの街が、どれだけ伝統的な町家を残しているのか?
伝統建築物の専門的な知識はないものの、やたら珍しいモノ古いモノを見たくなって、この月曜日(3月11日)、ようやく足を延ばし、うららかな春の兆しが漂う、めっぽう天気の良い日の午後1時過ぎから約3時間かけて、鞆町を一周しました。
鞆の浦徘徊録として、紀行文を纏めてみたいのですが(若干時間かかるし)取敢えず、鞆に行った画像を掲載したいと思います。
かくなる画像は、鞆ファンの方々にとっては先刻ご存知の太田家『保命酒醸蔵の壁』、、、。
な、なんと、杉木の舟板をリサイクルしたもの。
そうなんです。
版画のデザインにすれば良いような風情ですぞ。
江戸時代の地方の港町に於いて、土地もごく僅か、資源も資金も節約倹約し合理的に建造した、備後の港町鞆商人らしい『蔵壁』です。
画像をご覧ください。 壁を構成している建築材料は、なんとも可笑しい組み合わせですぞ。
潮流を読みながら運行する江戸時代の港町だからこそ見いだせる『舟板』。
当時、
瀬戸内海に点在する港町の中でも、重要な良港とされた鞆の港には造船所あり修理工場あったからこそ見いだせた舟板の廃材利用です。これを建築物に利用する江戸時代の人々の知恵が見出せるワンショット、我ながら感動する一こまです。
(投稿:トーマス青木)
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<記> ウイキペディア『鞆の浦』解説はこちらから入れます。
Comment
[527] >UFOさんへ、
[526]
さすが玉田さん(^^;いい視点(*_*)長浜にも船板壁で有名な場所がありますねo(^-^)o
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ナㇴ?
>長浜にも船板壁で有名な場所がありますねo(^-^)o ……
今度、教えて下さい。