宮島大聖院さん境内の『ホテイアオイ』の花…

写真画像は『ホテイアオイの花』
(撮影月日)平成26年7月29日午後1時前
(天 候) 晴れ、酷暑の折…
(撮影場所)広島県廿日市市宮島町大聖院境内
(撮影機材)FUJIFILM X20
(撮影者)トーマス青木
「花写真の投稿をやめる」等と云いながら、あれから数日たった本日、また花の写真画像投稿です。
なにゆえか? それなりの理由在って、
かの写真家『Takao先生』から質問あり、
「先の睡蓮画像は、スイレン並びにハスに在らず!一体全体ナンタルチア?」
「……?」
「なぜなら、画像内の『花の葉』(花弁ではなく)が、スイレンの葉っぱには(似ても似つかわしくない)異なるモノにて、云々……」等々、
フェイスブック(コメント欄)上にて、ささやかな論争が巻き起こりました。
ならば、同場所にある水鉢の中の『その後の状況』(そのあとの花の咲き具合と葉っぱの状態をご説明できる資料)を取り纏め、
「先ずは当『FC2ブログ』にて発表。
継続して、Takao先生にご覧頂くのが『一番正しい解決方法』であろう」と、不肖トーマス青木は昨日(平成26年7月29日月曜日)のお昼過ぎ、大聖院さん境内に馳せ参じ?否、折しも『大聖院宮島おかげ市Annex』開催中にて、7月期締め括り千秋楽相当の大事なひと時(仕事中の身)を割き、かくして『花談義締め括り』の証拠写真撮影に勤しんだ次第であります。

<画像説明>
(上位画像水鉢のなか、一番上部に位置するハチに『ホテイアオイの花』が咲いていますのでご確認願います。尚、それぞれの水鉢には、ホテイアオイの水草と、スイレンの水草が、一緒に植え込まれていて、この時期スイレンは少しずつ衰え、ホテイアオイの水草が優勢になっているようです……)
「……?」
「はい、たいへん満足しています!」と、お答え申し上げたい。
それは、
花写真談義が如何に試行錯誤しようと誤解を生じようと内容薄き議論だと、他のブログ読者並びにフェイスブック友達から疎んじられても、そんなことは如何でもいい。
この滅茶苦茶暑い最中に、我が所有するカメラ第二番機FUJIFILM X20(一番機はFujifilm X100s)を振りかざし、宮島は弥山大本山大聖院さん境内を縦横無尽?に這い蹲り(ハイツクバリ)つつ、地べたを這いずり回り、ほぼ思い通りに『所定の記録画像』(すなわちホテイアオイの花及び周辺画像)を取りおさめ得たことに満足する次第であります。
もう一度、しつこく言い換えれば、
『カメラ機材FUJIFILM X20』は乃ち、如何にトーマス青木の望む機能を持ち得たカメラであるか!と云う事の実証を、不肖トーマス青木吾身を呈し、実証体験した次第であります。(このあたり、表現は出来るだけ『大げさ』でありたい)
〆れば、
・思ったことができる。
・余分な考えを切り捨てられる。
・考えていることの85%が達成できる。
・大成功は無いけれど、失敗がない。
以上、
我が二番機『FUJIFILM X20』に対する嘘偽りの無い(いつもながらの)『使用後の感想』であります。 (投稿:トーマス青木)

『ハス』か?はたまた『スイレンか』?宮島大聖院境内にて、

『はす』と『すいれん』は如何違うか?
パソコンのキーボードおして漢字変換すればそれぞれ、
『蓮』……
『睡蓮』……
と、なるだけだ。
違いは?
これまた聞くところによると、
蓮の花は、(池の)水面より若干(空中へ)飛び出した状態で咲く花を云い、
スイレンの花は、(同じく池の)水面にへばり付くように花弁のみ水面上に出して咲いている、、、
とのこと。
ならば、
この写真画像の花(直径は約10cmの小ぶりな花)は若干でも水面から飛び出しているから、ハスではなかろうか?
撮影月日は、7月初旬の遅い午前中
天候は、薄曇り
撮影場所は、宮島大聖院境内
撮影機材は、FUJIFILM X20
以上、
カメラ『FUJIFILM X20』は自動露出にて、背景のボケ具合や空気感など、考えもしない状態でシャッターを切った。
カメラ談義になりませんな。ま、こういうことがあっても良いか。
さあて、極めて不得手な花談義&花写真、そろそろお開きにしましょう。次回投稿はちょいと毛色の変った話題に切り替えますぞ。 ……ご期待下さい
(投稿:トーマス青木)

宮島大聖院さん境内の『芙蓉の花』

<添付写真>芙蓉の花
(撮影年月日)平成26年7月21日午前11時頃
(天 候) 雲の合間の晴れ
(撮影場所)広島県廿日市市宮島町大聖院境内
(撮影機材)FUJIFILM X100s
(撮影者)トーマス青木
これも今年になって、初めて気が付きました。
芙蓉の花。 だそうな……
少し弥山の山頂側(東の方向画面左)から風が吹いていた。細長いを支える支柱が揺れている。なるほど、一々が初体験であるぞ。……近接撮影は難しい。


この時、梅雨明けの空模様で、あまり強くない直射日光がさしていた。
仕事の合間に撮影していたので記録していないが、数枚は絞り開放(F2.0) にて、そのほか1~2枚は絞りをF6~F4程度で撮影したはず。花弁の背景のボケ具合で、何となくわかる。 要は、ボケの按配をチェックした次第です。
「花の美しさ? あまり感じていないです……」


そして、
「芙蓉の花言葉?」
はたまた
「芙蓉は韓国の国花だと?」……

ま、正直言ってあまり気にしていないから、不肖トーマス青木は元々、花を愛でる類の感性に乏しい、無調法な輩でありますこと、なにとぞお許しいただきたい……
(投稿・トーマス青木)

宮島大聖院さん境内の睡蓮

『大聖院さん境内の睡蓮』
(撮影月日)平成26年7月19日午前11時頃
(天 候)曇り、午後になって雷と豪雨
(撮影機材)FUJIFILM X20
(撮影者)トーマス青木
宮島大聖院さん境内のなか、観音堂入り口へ向けて石畳が敷いてある。その傍らにずらりと水瓶数十個否百個以上(あらためて数えてみます)の列あり。
大きさは、直径約50㎝深さ約4~50cmにて、水瓶の中には一様に水草が植えられメダカが十数匹、遊泳しているのが確認できる。
おそらく、万が一の時、すなわち火事の気配在った時の防火用水を兼ねておられるのだろうか。と、不肖トーマス青木は勝手に考えている。

昨年は気が付かなかったけれど、今年になってこの水瓶の中の植物とメダカ達の四季折々に、視線が行くようになった。 今年は、そんなゆとりがある。 (投稿:トーマス青木)

花写真の定石をご指導いただく……

やはりそうでした。
このTakashi君の美しい花写真は、
不肖トーマス青木の敬愛する写真家Takao先生のお目にとまりました。
Tkakao先生曰く、
『目の肥えた方もいらっしゃるでしょうから……』の一節、
……極めつけです。
以下、
貴重なるアドバイスを頂きました。公表するか否か?いろいろ考えました。けれども私の大切な旧友T君の写真画像をブログ掲載した以上は、すでに万人の人々の目に曝されたものであるからして、締め括りが大切。 Takashi君に対して、もちろん不肖トーマス青木自身に対し、畏れ多くも尊敬するプロの写真家先生から頂いたアドバイスはたいへん貴重なもの、傷付くことなく有り難く拝受すべしと考え、集成した下さった写真画像掲載するとともに、以下その助言の根幹部分を公示します。
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個人のことなので、おおっぴらに書くつもりはないのですが、目の肥えた方もいるでしょうから。掲載の写真を写真教室の先生としてコメントを入れるなら、この方は、無神経な方でしょう。気がつかないのは罪ではないのですが、写真を志す人からすると、きれいな花の後ろに、枯れた花をそのまま入れて撮ることはしないように指導します。関係のない方の作品でしたら、無視して流します……
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Takao先生、
あらためて御礼申し上げます。
たいへんありがとうございます。
今後とも、宜しくお願いします。 (トーマス青木)

『ゆうすげの花』 by Takashi

トーマス青木の旧友Takashi氏から、きれいな花写真が届きました。
イチニチ遅れになりましが、メール文章と共にブログ掲載します。 (旅遊亭・編集部)

―――――――― (以下、Takashi氏よりのメール添付) ―――――――――――――
トーマス青木様
ゆうすげは 淡い黄色よ
夜に咲き 朝に散る花 ~♪
朝からカラオケ気分にさせ失礼しました
おはようございます
昨夜 貴方の「空気感」に誘われて 雨の中 ゆうすげ を撮りました
この場合 ゆうすげは 女性であると決めつけるのは我々の時代感覚が問われる時代になってきたのではないでしょうか
今朝の朝日新聞天声人語にも男女平等社会に対する意識改革の必要性が載っておりました
2014.7.17 19:00
Sony α57 MACRO2.8/50
2014.7.17 Takasi
-------------------(以上、転載終り)―――――――――――――

関係ない!『空気感とボケ玉』の、相互関係薀蓄……

〈添付画像〉『再びデジカメで撮れば、蔦石はどうなるか?』
(撮影年月日)平成26年7月17日午前6時55分頃
(天 候) 曇り
(撮影場所)広島県広島市佐伯区
(撮影機材)FUJIFILM X100s
Lens: FUJINON ASPHERICAL LENS Super EBC F=23mm(35mm by 35mm Film) 1:2
(撮影者) トーマス青木
本日、雨の気配を感じない、早朝の曇天です。
なんだか梅雨が明けたような気がしなくもない? すでに真夏の早朝と云った気配のする、我家庭先の空気感です。
これ、35ミリフィルムカメラ換算焦点距離35mm固定レンズ装着の(現行の)我が最新鋭(フラッグシップ)カメラ『FUJIFILM X100s』で撮影したもの。
真面目に撮影データを覗き込みながらシャッターを切りました。
データは、
a) 感度:ISO400
b) 絞り:F2.0(当レンズ最小絞りです)
c) シャッター速度:1/250 sec.(シャッターはオートスピードにしていますが、データ画面ではこの数値でした)
* 露出補正、無し
以上、
被写体から約2メートル弱の位置に立ち、凡そ私の目線の高さで撮影しました。
何だかこうしてブログ発表したくない、
「蔦の岩の向こうに在った背丈3メーターの巨木が枯れたので切り倒したのが5年前。其のまだ向こう側に在ったモミジの木2本を切り倒したのが10数年前塩害台風被害に遭遇した直後、その先の梅の木が大きくなりすぎて仕方なく切り倒したのが今年の春先……」等々、我家の庭の造作は日々衰退に向かっている始末……。
こうして画像にすれば間の抜けた庭の景色になるから他人様にお見せしたくない、たいへん嫌な視界なのです。が仕方ない。
「空気感追求のためには手段を選ばず?」てなことで、
間の抜けた風景をご披露すれば、
さて、
超新進気鋭のデジカメ機能と同じく研究の頂点に達し磨き抜かれたフジフィルムの良玉?で出来上がった写真作品には、今年も後期に入った中国地方(広島市西部山間部の)特有な梅雨シーズンの空気を表現するには十分なる空気感表現が出来ているではありませんか!
このブログ記事書きながら、イザ、祝杯なり。
サントリープレミアム500mlの缶ビールでも開けますか?……
そうです。
だから、
不肖トーマス青木めは、この『フジフィルムX100s』と称するビューファインダー付デジタル(中級)カメラが大好きなのです。 キリリと引きしまった鋭利なレンズ表現の中にも、どちらかと云えばややボンヤリした柔らか味も感じられ、この表現力(というよりこの個性の表現結果)が、大好きなのです。
そうです。
性能的にも、(カメラ保有と云う意味での)カメラ台数的にも、これ以上のデジカメ機材とレンズは必要ありません。 (と云うより経済的な根拠なく、購入資金的小遣い追い付かず)
〆て、
私は、ライカ(フィルムカメラ)の50㎜レンズ等と、フジフィルムの35㎜レンズに、もう一台『FUJIFILM X20』(デジタルズームカメラ;28㎜ ~110mmを記録用に)を使い分けるだけで十分です。経済的な問題もさることながら、老い先はそう長くなく、短焦点レンズや長尺モノを彼是味見することの時間無し、且つさほどの興味もなし。(ここいら辺は、また書きます……)
なんだかここまで書き進めてしまうと、もうこのブログシリーズ『談義・写真とカメラ』は無用のテーマとなるのでは?ではなく、ここからがこのブログテーマの始まり!とさせて頂きます。 (トーマス青木)

『蔦石』!雰囲気の違いは異なる空気感のせいか?

〈添付画像〉デジカメで撮った蔦石
(撮影年月日)平成26年7月上旬の夕刻
(天 候) 曇り
(撮影機材)FUJIFILM X100s / FUJINON ASPHERICAL LENS Super EBC F=23mm(35mm by 35mm Film) 1:2
(撮影者) トーマス青木
これ、昨日記事に続く、『我が家庭先の蔦石』風景です。
このレンズは35mmフィルムカメラに置き換えれば35mmの焦点距離ですから昨日レンズの焦点距離(50mm)とは異なる表現あって、正確に比較するといささか異なる点あります。
でも、如何でしょう?
はたして(昨日の写真作品と限定比較して)空気感なるものが表現出来ているかどうか? デジカメ画像特有?のシャープさが目立ち、限定的比較をすればM3と旧式ライカレンズで撮影した昨日画像の方に空気感なるものの存在がより一層多く感じられると思います。が如何でしょうか?

加えて、フィルムカメラである『ライカM3』とズミタール(5cm)レンズの組み合わせでは、被写体に約100cm程度までしか接近できないのですが、今日のデジカメであれば(近接撮影モードに切り替えなくても)軽々50㎝以上接近してもピントが合うのです。
こうなるともう、空気感などどうでもよくなりますね。
そして、これだけレンズ表現の特性が変化すると、写真作品の作画意図は根底から変化してきてもおかしくない。 こうなると、同じ土俵(テーブル)で比較し且つ論じることがばかばかしく、無意味に感じられてきます…… (……続く)
投稿:トーマス青木

新カテゴリー『談義・写真とカメラ』始まる…

このところ、フィルムカメラ機材とフィルム素材の事とデジタルカメラとの比較等々、あれこれ考えているうち、ついに新たなカテゴリーを作ってしまいました。
題して、『談義・写真とカメラ』……
直接的な原因は先の記事、モネの睡蓮と宮島大聖院境内の池の比較談義からです。 つまりトリガー(直接的引き金)となったのは『空気感』という言葉が、発端であります。
そして本日の本論。
添付画像は、写真画像のもつ『空気感』なるものを表現し、且つ感じてみたく、我家の庭先の置石に蔓延(はびこ)る無用の長物?蔦に、焦点をあてました。

はたして、
「何が空気感なのか?」……
撮影した数日前超曇天の夕刻、太陽光線のつくる直接的な陰影は極力排除、
撮影機材は、『ライカM3』にて、かれこれ半世紀以上も前に製造された旧式フィルム写真機、
レンズは、旧式の『ライカズミタール(50mm/F2.0)』にて、
フィルムは、これまた辛うじて生き残っているコダック(ProPhotoXL100)フィルムを使用し、入念にピント合わせ露出チェックし、おそるおそる撮影する。
早くも翌日ラボに持参。フィルム現像のみお願いし、プリントは一切依頼せず。代わりにDVDに全部写し込んでもらって、あらためて我がパソコンに記録し、そのうち数枚をブログに掲載した『この一枚』から、いわゆる空気感が見いだせるのではないか?と、試行錯誤している次第であります。
今回、
「空気感なるものの表現は如何なるものか!?」等々、
あらたなテーマを脳裏に描きつつ、取出したもの。 しかし何と、撮影結果はそれなりに『味あるモノ』になったようです。
「この旧式レンズも面白いぞ!」と、
所詮、レンズの特性や写真作品の中に在る空気感など、写真評論家や写真作家の発する苦し紛れの『出来損ないな日本語』にて、トーマス青木としては「下手な言葉遊び」等、どうでもいいと思っている次第です。が、少し空気感と云う造語で遊んでみたく思います。
主として、このレンズとライカM3を使ったフィルム写真の発表を、少しずつ『談義・写真とカメラ』のカテゴリーにて、進めていきます。
(……続く)
投稿:トーマス青木

ps: 如何でしょう?
旧型レンズのほとんどは、レンズコーティングを全く施していないか在ったとしても薄っぺらく、強烈な太陽光線を受けると乱反射を起こし、結果として写真画面全体にハレーション発生し、白けてボンヤリした画面になるのであります。 今回使用のズミタールは4月末(購入時)に一度テスト撮影し、その時の結果は白け撮り散々にて、「二度とこんなスリガラス状態風白内障的レンズなど、使うものか!」と、放り投げていたもの。
『ネコに小判』か?
そう、それが何と、使うもの持つもの感じる者によっては、希少な逸物なのであります。(ボンクラレンズでも、それを持つ御仁によっては『ネコに鰹節』状態へ、突然変異するのであります……)
おもしろくなりそうです。
モネとは異なる『空気感』?……

<添付画像>睡蓮?モネとの違い……
(撮影月日)平成26年6月中旬
(撮影場所)広島県廿日市市宮島
(撮影機材)FUJIFILM X20
(撮影者) トーマス青木
一年掛りで気が付いたものあり。
それは宮島大聖院さん境内の池のなかの出来事である。 昨年6月、なにやら池の中に植物があるとは気付いていた。けれども植物は睡蓮で花が咲く(であろう)ことには気が回らなかった。
今年ようやく「そのこと」に気付き、撮影に至った。
さて、撮影した結果(さらに、あらたに)気付いたことがある。
睡蓮と云えばどうしても、印象派の巨匠モネの「一連の睡蓮作品」である。 絵画と写真の違いを乗り越えて比較するけれども、モネの作品に描かれた睡蓮と、ここ宮島大聖院さん境内の庭の睡蓮との、大きな違いあることに気付く。
何か?
絵画作品と比較してはまずかろうが、違いは『空気感』だ。 ヨーロッパ大陸の空気と、ここ宮島大聖院さん境内の所謂日本の梅雨時分の空気の違いを感じ取れるだろうか。 ただ単に、湿度の違いではなく、その違いとはヨーロッパと日本の文化の違いを包括するくらいに、芸術美術に関わる大きな文化感の違いの存在する事に、恥ずかしながらこの歳になってようやく感じ取れるようになりました。 そしてここ宮島大聖院さん境内に足を運ぶヨーロッパ人たちが、懸命になってその文化感覚の違いを嗅ぎ分けようとしている立ち居振る舞いに、不肖トーマス青木は最大の敬意を表するのであります。
(投稿:トーマス青木)

ps: もちろん、トーマス青木の描き切れていないのは空気感そのもの。このエッセイ表現は畏れ多くて、出来損ないです。
かくして『さらなる空気感』を切取ってみたい。と深く反省するものであります。
ヒゴタイの季節、、、

<添付写真>Takashi氏より、、
今年もヒゴタイ画像を送ってもらいました。 しかも、ハチを添えて、、、
すてきな写真を、ありがとう! (トーマス青木)

<以下、Takashi氏よりのメールを転載します……>
こんばんは
むし暑い日が続きますが、貴ブログを拝見すると益々お元気でご活躍のことと思います。
写真について、プロの先生にご指南を受けられたとのこと、さすがに以前とは一段と見栄えが良くなっています。
さて、私も7月10日を過ぎれば地域のボランティアが一段落すると思われますので大聖院にお供をさせて頂けるのではないかと思います。
私の希望としては、英語で外国人に話しかけ、会話の勉強をするとともに大聖院の理解の手助けができればうれしいと思ております。
また、今年もヒゴタイの季節がやってまいりました。
梅雨の早朝の晴れ間に撮りましたのでお送りします。
撮影日時 2014.6.30 AM 6:30
カメラ SONY α57
レンズ SONY MACRO 2.8/50
Takashi
2014.6.30
(以上、転載終り)
